三日月のうた

三十一文字とそれにおさまりきらないこと。「ことば」について考える日々。記事のタイトル≒短歌のお題 です。

ひきこもりって。

内に内にその深き心の底にいる自分他人誰と向き合う

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久しぶりの更新です。

 

かなりの間

ひきこもっていました。

 

といっても

現実的には

普通に毎日朝起きて

普通にごはんを食べて

 

出かけたり

仕事したり

地域の一員になったり

母親をしたり

家族の心配をしたり

 

続けている運動をしたり

本を読んだり

ぼんやり草木を眺めたりして

 

夜になれば眠りにつく

 

そういう暮らしをしていたわけですが。

 

 

その間に少しずつ

一冊の本を読み進めていました。

 

今回はその

『ひきこもりの弟だった』

という本についてのレビューです。

 

 

 

ひきこもりの弟だった (メディアワークス文庫)

ひきこもりの弟だった (メディアワークス文庫)

 

 

 

冗談でもおふざけでもなく

本当に

人に教えたくなかった自分の過去。

 

今までずっと

ほんのわずかな人にしか

 

話せなかったこと

話さなかったこと

 

言えなかったこと

言いたくなかったこと。 

 

今までの記事でほんの少し

触れていたりしたこともあるのですが

 

つまりは私も

「ひきこもりの妹」で「ひきこもりの姉」だったのです。

 

そのことについて今回は

いつもより深く

 

読んでいただく方のためというよりは

 

自分自身がこの本を読んでどう感じたか?

今までの自分自身について

今のわたしはどう考えているか?

 

まとめておきたいという気持ちの方が強く

 

かなりの長文になりました。

 

まとまっていない部分もあり

それは自分自身の気持ちの整理がついていない部分でもあり

 

自分の気持ちや考えを今まで生きてきた中で

「うまくことばにできなかった」

そういう部分でもあり

 

もしかしたら「何かちがう」

読まれる方も後々の私自身も

そう感じることもあるかもしれない

 

そういう書き方になってしまいました。

 

読み終わってから

10日以上経ってしまったのだけれど

 

ひとまず

思うことを忘れないうちに

書き留めておきます。

 

不愉快な気分になられたら

どうか途中で読むのをやめてください。

 

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この『ひきこもりの弟だった』は

すごくリアルにひきこもりの生活について書かれています。

 

もしかしたら作者の家族や知り合いに

ひきこもりの人がいた、あるいは

いるのではないかというくらいに。

 

私はここ数年

ネットの読書記録のサイトを利用して

 

読んだ本の感想やメモを少しばかり書くようにしているのだけれど

 

そこでは同じ本を読んだ他の人の感想を読むことができます。

 

そこでの感想を読むと

 

すごく心が揺さぶられる

もしくは

ものすごく不快な気分だ

 

そういう感想が多かった。

 

けれど私はこの本の

ひきこもりの人がいる生活に

 

そうなんだよ。

そうだよね。

そうそう、そんなこともあったよ。

 

そういう気持ちで読み進めるところが大きかったのです。

 

もちろん全てが同じというわけではなく

家族構成や

この物語に出てくる主人公たちは

また違う人生といっていいのだけれど。

 

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誰も好きになれない主人公が

出逢ったばかりの人と夫婦になる。

 

しあわせというにはしあわせ過ぎる

絵に描いたような生活が

過去を思い出させる。

 

大嫌いな母、唯一心を許せた親友、そして僕の人生を壊した"ひきこもり"の兄と過ごした、あの日々を。

 

 

例えば

ひきこもりの弟だった主人公が

友だちに言われる言葉。

 

この頃にはもう、僕も気がついていたのだ。気づかざるを得なくなっていた。十一歳の兄が不登校であること。そしてそれが、世間的にいけないことだということに。学籍上兄と同じクラスに属している上級生の中には、不登校のクラスメイトの弟が入学してきたのを知り興味本位に僕の教室を覗きにくる者もいた。

「掛橋弘樹の弟って君?なんで兄ちゃん学校に来ないの? 」

友達から、クラスメイトから、上級生から、登校班のリーダーから、僕はたくさんの人に問われた。その度に僕は答えた。

「わかんない」

そう、わからないのだ。 

 

ひきこもりの本人に聞くわけにはいかない

そんな事情も

その兄弟に対しては容赦なく向けられること。

 

そうなんだよね。

 

本人に対しては

腫れ物に触るように振る舞う人も

その兄弟には違う。

 

「普通」に学校に通っているから。

 

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このひきこもりの弟だった主人公 啓太は


自分を好きになれない。
誰かを好きになることができない。

 

それはたぶん、

親にたいせつにされたと感じて育つことができなかったから。

 

周りの人を憎いと思っていたこと

そのことを誰にも言うことができなかったから。

 

 

昔、"ひきこもりだった"私の兄に
聞かれたことがあります。

 

兄がひきこもりではなくなって

4、5年経った頃。

 

 

人を好きになることができるか?

ちゃんと誰かと付き合えるか?

  

 

主人公 啓太の兄よりも

いささか私の兄はふり返えることができるようになっていたのだと思う。

 

ひきこもりだった時期に

自分が妹にしたことが

妹の人生に影響を与えたのではないかということ

 

そのことを考えて

聞いてきたのです。

 

 

ひきこもりをずっと続けていると

やはりストレスも溜まるのでしょう。

 

この本の主人公 啓太の兄 弘樹もそうでした。

 

ストレスのはけ口は

 

つまり

日々顔を合わせる家族

それも

自分より弱い立場の人間に

 

向けられがちです。

 

基本的な人間関係が

歪んだ形で続いていたら。

 

誰かを好きになったことがなかった啓太。

 


私もずっとそうだったのかもしれません。

でも、

それを自覚できるようになったのも

ずっと後のことで。



人を信頼することができない。

心から信頼できる人がいない。

 

本当は

一番信頼できるはずの家族が

一番許せない人になっていたから。

 

理不尽な思いを

ずっと抱いてきたから。

 

そして

人を心から好きになれなかった。

 

誰かを信じて裏切られたとしたら

誰かを好きになって見放されたら

 

あなたもそうなのね

あなたも結局私を一人にするんだね

 

ずっとそういう気持ちでいたことも。

 

 

主人公 啓太の妻になった千草は

啓太を選んだ理由をこう言う。

「この人なら、私を手放さないだろうと思った」

 

心の片隅で

むしろ無意識に

 

いつか見捨てられる不安を

一人になるかなしみを

ずっと抱えていたのだと思う。

 

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ひきこもりって

自分自身と向き合うこと。

 

でも自分ばっかり見てると

周りが見えない。

 

周りに目を向けられずに

全体を感じられずに

ずっと生活していたら。

 

 

『ひきこもりの弟だった』って

 

兄が"ひきこもり"の話だけど

実は弟も"隠れひきこもり"

 

そんな話かもしれない

とも。

 

社会の中で暮らしていても

明るく振る舞っていても

 

自分の立ち位置を見失わないように

 

当たり前に暮らすこと

当たり前に振る舞うことを

知らないうちに身につけて

 

でも当たり前じゃないって気付いてもいる。

 

家にいても

ホームシックになる。

 

どこか居場所を探している。

 

たくさんの人に囲まれていても寂しい。

 

帰る場所が欲しい。

 

心の中にひきこもって

自分自身を見つめざるを得ないことが

多々あって。

 

 

私の場合

ひきこもりの家族は一人ではありませんでした。

 

兄がようやく社会へ出て行けるようになった頃

歳の離れた弟が

今度はひきこもりになったのです。

 

 

自分のことで精一杯

 

そんな私自身の状況は変わらなかったけれど

 

弟ということで少し違う目線で

ひきこもりを見ることができるようになった。

 

学校へ行かない代わりに

家でドリルなどの課題をやるように言われていた弟。

 

私にも教えてあげられる

私でも何かできることがある

 

そういう気持ちが芽生えはじめたのは

たぶん弟がひきこもりになってから。

 

歳が少し離れていたこともあって

勉強や遊びの相手を

私の友人までもがしてくれることも。

 

学校へ行かない(行けない)

その理由は分からない

 

弟の気持ちは

弟にしか分からない

 

けれど

何かできることがあるなら。

 

 

そんな時

(たぶん)悪気のない同級生のひと言が

心に刺さる。

 

「◯◯ちゃんはいつもニコニコしてていいよねぇ。何にも悩みなさそうで。」

 

?!

 

(あなたは私の何を知っているの?)

(あなたに私の何がわかるの?)

 

笑顔の奥でそう思う自分自身に気付いても

それを ことば にすることはない。

 

 

いつまでも付き纏う

 

「普通」だったら

「普通」の家だったら

 

「普通」に学校に行って

「普通」に生活して

でも「普通」じゃない

 

という感覚。

 

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主人公 啓太の妻 千草については

啓太ほど詳しくは書かれていないのですが

 

千草もまた複雑な家庭で育ちました。

 

生まれてきたくなかった。消えたい。

 

そうノートに書く千草。

 

 

この物語の終盤に向けて

少しずつ変化があります。

 

それこそが

ずっと悩んできたことに対する葛藤への応えや

人生そのもの。

 

この本がリアルに近いというのは

たぶんそこからも感じることができます。

 

ようやく人を好きになることができたこと

そこからがようやく始まる主人公の

「普通」の生活なのだと。

 

 

この本の物語はあくまでも物語。

 

けれどそこには

誰しもが抱える弱い部分が表現されていて

現実的な世界でもある

 

そんな気がします。

 

この物語の終わり方に

納得がいかないという意見もあるかもしれません。

 

けれど。

 

そうすることでしか

前へ進めなかった。

 

人生というのは

そもそもそういうものなのではないでしょうか。

 

何が正解か分からない。

何が最善か分からない。

 

そのときどきで

できることを

精一杯するしか。

 

精一杯できることを見つけることしか。

 

 

人を好きになるって

怖いこと。

 

自分の内をさらけ出して

無防備になる。

 

もう傷つきたくない。

これ以上苦しみたくない。

 

それを乗り越えて

主人公 啓太が前に進めたこと

 

それだけでも本当はすごいことなのだと思う。

 

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というわけで

 

ひきこもりって

すごく暗い。

 

ひきこもりって

重いです。

 

でも

そこから見出せるもの

 

そういうことを経験したからわかること

その家族だから言えること

 

きっとあると思います。

 

許せないと思った過去があるから

今がある。

 

今までがあるから

これからがある。

 

私にもできること

また見つけていきたいと思います。

 

 

どうでもいいけど最近暑すぎて

水道の水がずっとぬるい。

 

水温む春…じゃなくて

思いきり猛暑の夏のせいだけど。

 

どうぞ体調には気をつけてお過ごしください。

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございました。

 

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