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三日月のうた

三十一文字とそれにおさまりきらないこと。「ことば」について考える日々。記事のタイトル≒短歌のお題 です。

100って。~前編~

ことば 日々のこと 短歌 読書

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あたたかくなったり

また寒くなったり。

 

まさに三寒四温

少しずつ、春。ですね。

 

この週末

ご近所の早咲きの桜はもう満開でした。

 

 

少し前に

『うたの日』という短歌の投稿サイトに

短歌を投稿しているという記事を書いたのですが

 

その後

Twitterツイッターでにわかに湧いてきた

#7days100tanka

というハッシュタグ

 

「7日間で100首の短歌を詠む」

というものに挑戦していました。

 

このハッシュタグ

いつから始まったものなのか…

 

5年以上も前にされたツイートなどもあって

一番最初まで遡れないでいます。

 

それでもとにかく

「7日間で100首」の短歌を

というルール以外特に決まりはないようで

 

結論から言うと

詠み始め2017年2月27日 22:00〜3月5日 20:23まで

きっちり7日間で100首の短歌を詠みました。

 

始めたときは

ちゃんと100首詠めるだろうかという不安と

 

100首ぐらい詠まないと私の短歌が前に進めないような

とにかくやってみようという気持ちとで。

 

そして100首詠むために何か自分なりにお題

と思って

その詠む順番の「数」を短歌に盛り込むことにしたのです。

 

この自分で付けた「数」の縛りに縛られ

途中では足かせのように感じたこともあったのですが

 

最終的には

次の短歌へ繋ぐ「(たすき)」のような存在であったことは間違いなく

 

この「数」という設定があったからこそ詠めた

100首になりました。

 

ひとまず忘れないうちに感想などを。

 

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もう始める前から不安はありつつも

走り出してしまってからはなかなか止まれない性格のようで

 

私より前にその #7days100tanka に挑戦していた方の

一日14~15首を目安に詠むことに。

 

100って

まあまあな数字ですよ。

 

100点とか100パーセントとか

一つの完成形のような目安の数字にされるけれど

 

でもこの100は、ちょっとちがう気もする。

 

少し話がそれるのですが

昨年末ぐらいに

 

私のことばが

糸井重里さんのことばに似ているようなところがある」

とある人に言われて

 

今までちゃんと糸井重里さんの著書を読んだことのなかった私は

今年に入って10冊ほど糸井さんの本を読んでいました。

 

先月の読書記録はほぼ、糸井さんの本ばかり。

 

読んでみると、あらまあどうして

 

 うんうん。そうだね。そうだね。

 そうなんだよねー。

 

みたいな共感する部分がたくさん。

 

いつも私が思っていること考えていることに近くて

他の人が「目からうろこ」的に思うようなことばも

すとんと入ってくる。

 

言葉のことも「ことば」と使う。

おんなじ。

 

そしてその中にちょうど

100っていうことに関するものがあったのです。

 

『ボールのようなことば。』(糸井重里 著 2012)という本の中で

コピーライターはキャッチフレーズを100本書く練習をする必要はないと。

 

コピーライターの世界で言われている

「キャッチフレーズを100本書く」という練習方法が

 

キャッチフレーズを100本も書くというのは、

順列組み合わせみたいなものを機械的に記して、

数をそろえるということになりがちです。

これ、ある意味では頭を使わないということです。

数だけはそろいますし、やっていて楽しくないですから、

いかにも努力して達成したという気持ちになります。

と。

考えたり思ったりと関係ないことばは、ほんとうのことばじゃない

と。

 

糸井さんはそのことに関しては

珍しくちょっと否定的なご意見でした。

 

もちろん、やり方にもよるだろうけど。

 

そんな文章を読んだばかりで

#7days100tanka

 

これは「短歌の千本ノック」になるのかしら?

そんなふうに思ったりしました。

 

でも

 

やはり

意味があるかないかは

あとからついてくるものであって

 

渦中にいるときは意味など考えないで

とにかく取り組んでみたら?

 

そう思って始めた

#7days100tanka

 

出来はともかく

誠心誠意100首詠めたことは

 

100首手元に残った短歌がある

という事実だけでなくて

 

短歌に対する自分の取り組みかたのようなものが見えて

面白かった。

 

途中、

フルマラソン42.195kmでの「30kmの壁」のように

(あ、走ったことないです。フルマラソンは。笑)

 

やはり65首目あたりから70首目ぐらいまでに

壁のような

乗り越えなければならないような

 

そんなものも確かにありました。

 

苦しかった。

 

何が苦しかったかといえば


自分の伝えたいこと
自分の想いが


こんなに何首も詠んでいても
せいぜい自分の思っている1mm程度に満たないぐらいしか
表現できていない

 

と感じてしまったこと。

 

それは終わった今もあまり変わらないかもしれないけれど

その事が重くのしかかると

やはり短歌を詠むモチベーションのようなものが保ちにくくなる。

 

そんな中での

給水所のような、私の助けになったのは

 

ほかの方々の短歌や

ほかの創作的な活動をされている方々からのインスピレーション

 

いろんな物事に対するいろんな人の真摯な態度。

 

苦しいと思いつつも

ピシッと背筋が伸びたような瞬間があって

 

また一歩進めたりしました。

 

富士山を登るのも一歩ずつ

ですからね。

 

それを通り過ぎて70首を過ぎてしまえば

(ここまでくればゴールできるだろう)という

何も根拠のない自信が湧いてきていました。

 

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啓蟄を過ぎたら蜂がぶんぶん。

 

私の短歌は

「心が動いたときの写真のようなもの」で

 

多くは日常の出来事を

そこに残しておきたい

 

普段忘れてしまう些細な出来事や感情を

何か形にしておきたい

 

というような衝動に似たようなものがあって

 

かっこいい言葉を使ったり

むずかしい言葉を使ったりすることはないのだけれど

 

たとえたった1週間であっても

実生活でもいろいろあって

 

子どものことやら仕事のことやら

その他もろもろ

 

短歌のことだけ考えて過ごせたわけでもないし

 

短歌にあたっては

自分の感情やら過去の思い出やら

これからのことなどまで

掘り起こされたりして

 

尋常ではなかったような気がします。

 

短歌と向き合うということは

自分自身と向き合うということ。

 

でも

短歌自体が私自身

そのものというわけではなく

 

ちょっと例えがおかしいかもだけど

 

シンガーソングライターの書く歌詞や曲が

その人から出てくるものであっても

本当のその人自身とは少し違うものであるように

 

私の短歌も私のものであっても

私そのものとはちがう。

 

そういう短歌を100首詠めたことは

やっぱり「意味がない」わけではなかったかなと

思ったりもしました。

 

たぶん、「ほんとうのことば」は使っていた。

伝わったかどうかは別として。

 

 

では

その #7days100tanka の短歌

そして短歌に絡めた「数」と少しだけコメントを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

‪1.‬
いち抜けたそういってすぐやめてればこんなに苦しいこともなかった

1=いち抜けの「いち」

このチャレンジの途中、この歌が再び脳裏をよぎる。

 

‪2.‬
ふたりしてお互いさまと言い合ってサヨナラすればそれでよかった

2 = ふたり(2人)の2

 

‪3.‬
三回しか会っていないのわたしたち何を信じる?シャープペンかな

3 = 三回

 

‪4.‬
4回裏攻撃しても逆転はならず結果はわかっています

4 = 4回裏

野球では普通9回裏まで、コールドゲームなら5回などで終わることもあるけど4回裏であきらめてる感じ。

 

‪5.‬
五重の塔いくつも夜を重ねてもあなたは遠いロケットは跳ぶ

5 = 五重塔

五重塔がロケットみたいだなって。宇宙にいるかもしれないあなたの元へ飛びたい気持ち。そして次の「6」へ。

 

‪6.‬
ロックしてバックでノックしてみたらアウトかローか君はセーフだ

6 = ロック

前半「ック」でガンガン盛り上がるかと思いきや後半「ー(長音)」で沈静。

これも野球チックに。

 

‪7.‬
ナナちゃんという子がいてねブランコに乗ってるいつも揺れて歌ってる

7 = ナナちゃん

ナナちゃんという子がいつもかわいいので。ブランコが好きっぽい。

 

‪8.‬
はっちゃく という犬がいたのほんとうに はっちはっちって呼んでも来ない

8 = はっちゃく、はっち という昔、近所にいた犬のこと(本名は「あばれはっちゃく」)

 

9.
九月には会いましたけどその後は会っていません では五ヶ月後

9 = 九月

 

‪10.‬
点天の餃子はほんの一口で頬張ることもできないでいる

10 = 点天(てんてん)=英語のten

点天という餃子のお店の餃子は小さなひと口サイズで、よっぽどたくさん食べないと口の中がいっぱいになることはないのです。

ちょっとつらいことがあった時、人はたくさん食べ物を口に突っ込むイメージがあって、そんな小さな餃子じゃ、そういう時は満足できないな、って思いがありました。特に失恋したときは点天の餃子では満たされない。ある意味しあわせな餃子です。

 

‪11‬.
空という空を眺めて君に送るポッキーの日はラッキーを送る

11 = 11月11日11:11

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たまたまスマホを見たときの。

11月11日は「ポッキー&プリッツの日」by グリコ

 

‪12.‬
枠外の応援団でいる君のサポーターという金魚の糞で

12 = サッカーのサポーターの背番号が12番

 

‪13.‬
満月の13日の金曜日ぽかんと口を開けて見送る

13 = 13日

ジェイソンを知らない子どもたちに「今日は13日の金曜日だ!」と言ったらぽかんとされたこと。満月でした。

 

‪14.‬
ゼッケンの番号は見えないけれど見えたのは君が裸足だったこと

14 = ゼッケン番号にこの数字入ってたかどうか。見えなかったので分からなかった話。

 

15.
君にとってショートケーキの苺だけ取って食べたのと同じことだよ

15 = 苺(いちご)

全部食べてください。

 

16.
ある夏の風が生まれたその夜に君の街では山が燃えてる

16 = 京都五山の送り火の日。8月16日。

むすめの誕生日。

 

17.
2月17日忘れないでいて終わりじゃなくて始まった風

17 = 17日

春一番が吹いた日。

 

18.
洞爺湖のほとりのカフェでパンを焼く山羊を飼うまで夢を見ている

18 = 洞爺湖(とうやこ)の「とう」が10、「や」が8

しあわせのパン』という映画から。

 

 

19.
幾年も互いを見つめ続けてたそんな気がしたのは私だけ

19 = 幾年(いくとせ)の「いく」

 

20.
憧れのピアノ教室飛び込んだ二十歳の我が月へ連れてく

20 = 二十歳

二十歳の誕生日にJazzPiano教室の門を叩きました。

その頃、習った曲の一つが"Fly me to the moon"♪(私を月へ連れてって)

 

21.
不意に降る雨のようです君からのメッセージだけ宙を浮いてる

21 = 不意(ふい)

 

22.
ただ隣りにいるだけでいい物理的夫婦としての立ち位置がある

22 = 夫婦(ふうふ)

 

23.
がんこちゃん実写化される女子大生2階の部屋は片付けておく

23 = ふみ で『がんこちゃん』が女子大生になった実写化ドラマの主演 二階堂ふみさん

放送は2017/3/7(午前0:05~)

 
24.
メガヒットパンチ受けても立ち上がる不治の病は恋の病だ

24 = 不治(ふじ)の病

 

25.
向かい合う君の笑顔が眩しいと知ったのは春一番の中

25 = にこにこ で「笑顔」

 

26.
長風呂はお約束です 2時間は自分専用個室に変わる

26 = 風呂(ふろ)

 

27.
その歳の7月にただ肯定をしてほしかった生きている意味

27 = 27歳のときのこと

 

28.
かなしみを抱えたままでいなくなる友におかえり 2月が過ぎる

28 = 2月28日

黙っていなくなる人が多すぎた2月。でも「おかえり」

 

29.
神さまの畑で仕事していたとマジメな天使の胎内記憶

29 = 29日生まれ。むすこの胎内記憶。

赤ちゃんを育てる畑のようなものがあって、そこでお仕事していたらしい。一人落っこちた子を追いかけて地上へ来たとか。落っこちた子はどうやらむすめ。

 

30.
みっともない姿晒して髪乱れ走り続ける我を笑えよ

30 = みっともない の「み」が3、「と」で10

もうすでにボロボロになっていた自暴自棄の歌。

 

31.
咲いたのは上野公園歩くとき手を繋いでた夏の日のこと

31 = 「咲いた」の「さい」

 

32.
花の蜜啄む鳥を眺めたるアクロバティックな君の眼差し

32 = 蜜(みつ)

小鳥が花から花へ蜜を吸う姿はかわいいです。

 

33.
耳の穴覗かせはしない君だけど誰に見せるのその胸の内

33 = 耳(みみ)

 

34.
さみしいと寂しいと淋しいはちがう一番はないどれもサミシイ

34 = サミシイ

 

35.
サイコー!と言えればそれでよかったと愛する人に伝えたいとき

35 = サイコー

 

36.ブラジルで暮らした祖父の名はサブロー遺したものは鰐の剥製

36 = サブロー

私の祖父サブローさんは単身赴任でブラジルで暮らしていたことがあって

ワニのはく製が「おじいちゃんのおうち」のイメージ。

 

37.
おかげさま そういえる人たちのこと 皆々様のひかり この影

37 = 皆々様(みなみなさま)

おかげさま の人は、ほんとうは陰ではなくて「光」です。光があるから影がある。

 

38.
散髪を泣いて嫌がる天使には金のエンゼル舞い降りてくる

38 = 散髪(さんぱつ)

むすこは散髪が大嫌い。でも諦めて行った床屋さんでもらった「チョコボール」で「金のエンゼル」を当てました。

 

39.
たくさんの ことばのなかから たったひとつ ありがとう だけ えらんでわたす

39 = サンキュー=ありがとう

 

40.
二回目の成人式を迎えたらあと1年でバカボンのパパ

40 = 二回目の成人式=20×2 

バカボンのパパは41歳。これでいいのだ。と言える大人になりたい。

 

41.
この歳の出逢いをどうか忘れずに意味があるとかないとかじゃなく

41 = 今の私の年齢

 

42.
死にたいと思ったときがあったから今は生きてる ご飯を食べる

42 = 死に

 

43.
シミが増えシワも増えてくこの頃に沁みる小さなやわらかな手が

43 = シミ、沁みる

 

44.
鹿威し鹿じゃなくても驚いて我に返れば木瓜の花咲く

44 = 鹿威し(ししおどし)の「しし」

よく和風庭園で竹筒に水が溜まって かこーん!てなるやつ。

あと、ぼんやりしていてビックリしたときのボケーっと具合と「木瓜(ぼけ)の花」のボケを掛けているつもり。

 

45.
夢を見ていたと思えばいいんじゃない死後の世界がどうであろうとも

45 = 死後(しご)

この世の出来事は夢なのかもしれない。

 

46.
ただそばにいたかっただけ いつまでもなれないでいる あの白猫に

46 = 白猫の「しろ」

100万回生きたねこ』のお話から。

 

47.
死なないでなんて言えずにただ見てる静かに迎えが来るその時を

47 = 死なないでの「しな」

ただ生を全うしようとしている人には、そう簡単に言えないことばがあります。

 

48.
靴を脱ぎおもむろに走り出す君の裸足は青い芝生を掴む

48 = 芝生の「しば」

 

49.
紅(べに)をさす君のくちびる洩れる息 夢を見ていたシクラメンかな

49 = シクラメンの「しく」

以前、シクラメンについて書いたときの短歌

 口紅をさしたる君のまぶしさに
 夢を見ていたシクラメンかな(民生)

が元歌。

 

50.
折り返し地点で回るブーメラン 君が帰っていくのはそっち

50 = #7days100tankaの100の半分なので「折り返し地点」

マラソンで折り返し地点のコーンをぐるっと回る人たちを見て。

自分のところがゴールじゃなくて行っちゃう寂しさ。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな感じでした。

 

最後まで読んでいただいて

ありがとうございました。

 

後編へつづく。

tamie7575.hatenablog.com

 

 

ボールのようなことば。 (ほぼ日文庫)

ボールのようなことば。 (ほぼ日文庫)