三日月のうた

三十一文字とそれにおさまりきらないこと。「ことば」について考える日々。記事のタイトル≒短歌のお題 です。

待つって。

君を待つ 自分が好きできらいでもある 待っているその時は無力

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あなたは

待てる人ですか?

待てない人ですか?

 

待つって

  1. 何かがモノや人や時が来るのを期待しながらそれまでの時間を過ごすこと
  2. やろうとした動作を止めること
  3. 相手の態度や考えがわかるまで静観する

などなど…。

 

待つって

案外むずかしい気がします。

 

子育てをしていると

ついつい「早く」できるように

期待してしまっている自分に気付きます。

 

忙しいことを理由に

どうにかこうにか自分の都合に合わせようと

「早く」と何度も言ってしまうことも。

 

自分ってこんなにせっかちだったっけ?!

と思うくらい

待てなくなっていたことに気が付きました。

 

特にむすめのこと。

ほんとに待てない私。。。

 

だって忙しいんだもん!

だってじれったいんだもん!

だってほんとに遅いんだもん!!

 

…そういう意味では

子どもが生まれてきてくれたことは

 

ちょっと立ち止まって考える

いいきっかけになったかと。

 

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友人が

子どもが生まれたお祝いに必ず贈る

といっていた絵本があります。

 

まんげつのよるまでまちなさい

まんげつのよるまでまちなさい

 

 

お母さんと穴の中で暮らすアライグマのぼうやは

夜ってどんなだろう?

と思いながらお母さんにたずねます。

 

「ぼく、おもてへいって よるをみたい」

けれども、おかあさんは いいました。

「いまはだめ。まんげつのよるまで まちなさい」

 

ふくろうの声が聞こえたら

「ぼく、ふくろうに あいたい」

 

お母さんはその度に

「まんげつのよるまでまちなさい」

と言うのです。

 

このアライグマのお母さんは

「早く」とは言いません。

 

逆に「まちなさい」と言うのです。

 

もちろん、夜に外に出ても良いかどうかなので

「早く」とは言い難い。

 

そして

待たされるぼうや。

 

このぼうやは

うちの場合、むすこ。

 

「今」「このとき」が大事で

「思い立ったが吉日」とは

まさにむすこのこと。

 

待てない。

 

待たせるむすめと

待てないむすこ。

 

バランスよくいってくれればいいのに。。

 

 

機が熟す

とか

満を持して

とか

 

そういう「待つ」必要があることを

アライグマのお母さんは教えてくれている

 

そんな気がします。

 

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子どもが育つには

時間が必要です。

 

必要な時間を

きちんと必要な分、過ごすこと

 

慌てずに「その時」を待つこと

 

子どもが育つって

そういうことなのかもと思ったり。

 

 

もちろん

花が

光や水を必要とするように

 

必要なものは時間だけではないでしょう。

 

でも。

 

待つって

時には必要。

 

待つって

大切なこと。

 

 

大人だけの世界では

何か結論を急ぎすぎてしまったり

流れに乗っていかなければならないようなこともあって

 

それは効率とか生産性とか

そういうものなのかもしれないけれど

 

世界全体(ニンゲンのという意味ではなく)を見ていると

 

待つって

時にはやっぱり必要なのだなと

思ったりします。

 

待ってみても

思ったような結果にならないことも

きっとあるでしょう。

 

そんなことは

もちろんたくさんありました。

 

待っているくらいなら

自分から動いた方がいい

 

時としてはそういう場合も必要かも。

 

でもちょっと待って。

 

ちょっと待ってみてもいい

ってことも。

 

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ではではここで

またまた「待つ」ということに関する

百人一首の歌をご紹介。

 

百人一首の時代では

やはり「待つ」ということが今よりずっと

多かったでしょうね。

 

待ち合わせなどしたんでしょうか。

逢い引きとか?

 

スマホなんてもちろんのこと

時計も普段の生活ではなかったでしょう。

 

その頃の「待つ」って

どんな感じだったのでしょうね。

 

 

立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今帰り来む

 (中納言行平/在原行平 小倉百人一首16番)

 

これから別れて因幡へ行くけど

稲葉山の峰に生える松のように

「待つ」と聞いたらすぐに飛んで帰ってくるよ。

 とか。

 

今来むと いひしばかりに 長月の
ありあけの月を 待ち出でつるかな

 (素性法師 小倉百人一首21番) 

 

「すぐに行くよ」とあなたがいったから

9月の長い夜、有明の月が出るまで待ってしまったわ。

とか。

  →「月」に関係する歌でもご紹介。

 

 

小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
今ひとたびの みゆき待たなむ

 (貞信公/藤原忠平 小倉百人一首26番)

 

小倉山の峰の紅葉の葉。

もし人のように心があるなら

もう一度天皇がいらっしゃるまで散らずに待っていておくれ。

とか。

 

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに
焼くや藻塩の 身もこがれつつ

 (権中納言定家/藤原定家 小倉百人一首97番)

 

いくら待っても来ないあの人を待っている私は

まつほの浦で夕凪の時に焼いている藻塩のように

恋心に身を焦がしています。

とか。

 

この4首でした。

 

百人一首の「待つ」って

ちょっとせつない。

ままならない時間が感じられる気がします。

 

そして本当に、待っていたんでしょうね。

今よりずっと。

 

 

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各駅停車って

どうですか?

まだかなぁ、まだかなぁって。

そうやって進むのは。

 

ぴゅーんって行ける新幹線は

それはそれは時間で距離を縮めてくれたような

そんな気にもなります。

 

でも

待つって

 

一歩一歩進むこと

いつか辿り着くこと

その時が来るのを期待していること。

 

「まんげつのよるまでまちなさい」

 

ときどき思い出して

待ってみるのもいい。かもです。

 

今日も読んでくださって

ありがとうございます。

 

またの更新を

お待ちくださいね。

 

 

待つというやさしい気持ちになれなくて
夜空見上げる 今夜は新月

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待っているいつでもここで
春がきて夏になってもボートに乗ろう