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三日月のうた

三十一文字とそれにおさまりきらないこと。「ことば」について考える日々。記事のタイトル≒短歌のお題 です。

絶対って。

ことば 短歌
世の中に絶対はないあるとすれば絶対は「死」いつか必ず

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中学時代の

普段の生活のことはあまりよく覚えていなくて

 

毎日何をしていたかとか

どんなふうに思っていたかとか

 

後になって考えてみることはあっても

その時のことはぼんやりとした記憶しかない。

 

少しカラダと心が離れていて

その日その日が精いっぱいだった

そんな時期だった。

 

でもその中学のときに

「先生」にもらった ことば は

よく覚えていて

 

その時の ことば が

今の私も助けてくれる

そう感じることがある。

 

ことばは

むずかしい。

 

ことばはやはり

人を傷つけることもある。

 

けれども

人を助けることもある。

 

 

絶対はない」と言った先生は

三年生の時の担任で

専門は理科。

 

少し変わっていたけれど

自分の信念を持った尊敬できる先生だった。

 

専門が理科だったからか

 

今の科学で証明できないことも

いずれ証明されることがあるかもしれない

 

いろんなことについて否定から入らない

まずは可能性について考える

 

そういう考え方だった。

 

もしかしたら、科学の可能性についての話だったかもしれない。

 

でも普段のその先生の言動から

それは科学についてのことだけではないと

そう感じていた。

 

そして

そういうスタンスは

私にとってとても救われるものだった。

 

 

今は、は

いつか、に変わる。

いつか、が

今、になることもある。

 

絶対はない

 

そう言い切った先生は

 

もし、あるとすれば

と前置きをして

 

いのちあるものはいつかをむかえる。

それだけは絶対かもしれない

 

と言った。

 

その ことば はずっと私の引き出しに

大切に仕舞われていて

 

時々取り出して

人に言ってみたりしたけれど

 

そうだね、と言ってくれるような人は

私の周りにはいなかった。

 

その ことば を

「否定する」

そんな人たちが多かった。

 

それからもうずいぶんと年月が流れて

私の周りにいる人たちも変わってきた。

 

その「否定から入る」人たちもいたけれど

そうかもしれない、と思ってくれる人も表れた。

 

私もその間に変わってきたし

いくらか成長もしたと思う。

 

考え方も少しずつ変わって

中学の時の「わたし」とは違うところもあると思う。

 

けれど

絶対はない

その ことば は

今も私を支えてくれる。

 

 

絶対はない

その ことば は

私の根底にあって

 

ときどき私が煮え切らないような

モノの言い方をするのにも

影響しているような気もする。

 

以前、反対っていうことばについての記事を書いたとき

 

いつも反対のことを考える

そういう癖のようなものがある

 

と書いたけれど

それもこの ことば の影響を受けているかもしれない。

 

どんなことも

絶対、と言い切れる自信がない。

 

けれど

絶対、と言い切れない分

 

どんなに自信満々で絶対こうだ

と言い張る人にも流されない。

 

必ず自分で考えて

それでもそうと自分が思えるのなら

賛同する。

 

 

絶対はない

その ことば は

仏教でいう

諸行無常」のようなものかもしれない。

 

けれど

どこかどうしようもない手の届かない

私たちには逆らえない大きな力のようなものではなくて

 

可能性のある

明るい未来のような言葉に思えることもある。

 

絶対はない

言葉面(文字面?)だけ見ると「否定」的なその ことば は

実は「肯定」の ことば のように思える。

 

それは暗く孤独のどん底にいた私の

ひと筋ののような ことば だった。

 

絶対って

絶対じゃない。

 

絶対って

絶対じゃない。

 

なんだか呪文のようになってしまったけど…笑‪

 

絶対って

絶対じゃない。みたい。

 

今日も読んでくださって

ありがとうございました。

 

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この星の空のどこかに絶対がある絶対にないとはいえない