三日月のうた

三十一文字とそれにおさまりきらないこと。「ことば」について考える日々。記事のタイトル≒短歌のお題 です。

友だちって。

 友だちの友だちは皆友だちだ
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突然ですが

 

友だちって

いますか?

 

みなさんは友だちは多い方ですか?

 

私は、たぶん友だちは少ない方だと思います。

 

何人からが多くて何人からが少ない

そういう問題ではないと思いますが

 

「友だちが多くて予定がいっぱい」

ということは今まで全然ないし

「友だちの友だちは皆友だちだぁ!」

とも断言できないので

 

たぶん少ない方だと思うのです。

 

わりとどんな人とでも初対面でも

普通にお話しできるのですが

 

すぐに友だちになれるかというとそうでもありません。

 

大人になってからは

なおさらのような気がします。

 

自分からすごく積極的に話しかけたり

遊びやお茶や飲みに誘ったりもできないし

 

仲良くなろうとする努力が

ちょっと足りないかもしれません。

 

でも、一度友だちになって仲良くなると

離れてても、ごくごくたまにしか会えなくても

ずっと友だちでいられるような

 

そんな友だち関係が多い気がします。

 

信頼関係、といっては大げさかもしれませんが

お互いそんなに頻繁に連絡を取らなくても大丈夫

 

はっきりした根拠もないけれど

そう気長に付き合ってくれる友だちに

 

恵まれているのかもしれません。

 

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友だちって

 

ときどき会いたくなりますね。

会ったら元気がもらえます。

 

なんでもない

たわいもない話をするだけでも

ほっとしてなんだか楽しい。

 

友だちって

そんな存在。

 

 

ではここで

恒例のぉ

小倉百人一首「友」という言葉が使われている歌!!

 

といえば・・・?

すぐに思い浮かびますか?(←ちょっともったいぶってみる。)

 

「友」という言葉が使われている歌はこちら。

 

 誰をかも 知る人にせむ 高砂
 松も昔の 友ならなくに

藤原興風ふじわらのおきかぜ 小倉百人一首34番)

 

この一首だけのようです。

決まり字は「たれ」。(←ちょっと覚えたからって書く。)

 

年をとってしまったら、いったい誰を友とすればいいのか。

長寿で有名な高砂の松も、昔からの友ではないのに。

 

とかいうような感じ。

 

年を取ると、友だちとの別れも避けられなくなってきます。

 

 

黒柳徹子さん

トットひとり』という本の中で

 

向田邦子さんや中村八大さんや永六輔さん、坂本九さんなどなど

芸能界の先輩や家族のように親しかった方たち、

お友だちとの交流の様子を書かれているのですが

 

長いお付き合いなのでだんだんと

お別れしなければならないことが増えて

 

歳をとると、親しい人がどんどんいなくなって、本当に寂しくなるんだよ──そういうふうに、若いころから聞かされてきて、実際、私もいろんな友達をなくしてきて、それでも「それはもちろん寂しいには違いないけど、でも──」 って考えてきたのだけど、セイにいちゃんまでいなくなってしまって、ああ、本当にそうなんだな、と今ではつくづく思う。

~中略~

単に同世代、というより、自分と同じ匂いを持ったひとたちが、知らず知らず、いなくなっていく。そんな寂寥感を味わうことが、歳をとる、ということかもしれない。子どもの頃、みんなと夢中になって遊んでいたのに、もっと遊んでいたいのに、気がつくと、ほのかに宵闇が近づいていて、広い公園の中にひとりぼっちで残されていて、どうしたらいいんだろうと途方に暮れた、ああいう感じに似ている。穴が開いたのに、替りに埋めるものが何もない、といった寂しさ。

出典:黒柳徹子トットひとり』2015 新潮社; p.298

 

と書かれています。

 

そうですよね。

ずっとお付き合いのあった友だち、

ずっと仲良しだった友だちとの別れ。

 

トットひとり

 

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友だちって

 

家族や親戚とはまた違う

自分を理解してくれる存在

 

たとえたった一人だったとしても

「理解してくれる」と思えることって

 

すごく大切だと思うのです。

 

自分に自信がないとき

ちょっと弱ってしまったとき

 

そんな自分でも受け入れてもらえる

 

そんな存在が。

 

友だちって

宝物 という人もいます。

 

もしかしたらそうかもしれません。

 

どんなにお金を積んでも

手に入れられるわけじゃない

そんな宝物。

 

友だちって

 

出会ってすぐに意気投合!という人もいるけど

 

すぐに友だちにならなくてもいい

そうも思います。

 

時間をかけて

ずっとなんとなくお互いを見ていて

 

それから

友だちなんだ

って思えることもあると思います。

 

私はそんなことも多いかも。

 

自分はそんなに親しいと思っていなかった人が

すごく私を信頼して

友だちだと思ってくれていた

 

そんなこともありました。(ちょっと鈍いので…)

 

 

友だちって

 

形だけでも

ことばだけでもない

 

ずっと続けたい

つながり。

 

 

ちなみに

男女の友情説って

 

どう思いますか?

 

私は…どっちにも、です。

 

友だちになれる

とも思うし

 

なれない

とも思う。

 

その答えがもしかしたらここに。

 

Oh 友達にはなれないな にはなれないな Oh

Oh 何故ならば触りたくて仕方ないから Oh

Oh 友達にはなれないな にはなれないな Oh

もう君の一番じゃないと意味がないから Oh

  ~宇多田ヒカル “ともだち(with 小袋成彬)” 2016 より~

 

この「ともだち」という歌はNHKSONGSという番組で

宇多田ヒカルさんが「同性愛者」の恋の歌だと

お話されていたのですが

 

ここでは「ともだち」になれるかなれないか

というところだけに論点をあててみると

 

それが男性であろうが女性であろうが

触りたい

そう思っちゃったら友だちにはなれないね

 

ということなんじゃないかな、と思ったり。

 

みなさんは

どう思われますか?

 

「ともだち」についてのおススメ記事はこちら▼

www.nejimakiblog.com

 

 

友だちって

 

と聞いて思い浮かんだ人がいたら

もしかしたら友だち。

 

お互いを理解し合える

そんな存在になれたら、いいですね。

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 いつまでも ずっと離れて遠くても
 友だち というランドセルの傷

 

 

 

黒柳徹子さんの『トットひとり』はこちら▼

トットひとり

トットひとり