読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

三日月のうた

三十一文字とそれにおさまりきらないこと。「ことば」について考える日々。記事のタイトル≒短歌のお題 です。

恋って。

 嵯峨菊と いふ名の花が 咲きにけり
 初冬の朝の 弾けたる孤悲(こひ)

f:id:tamie7575:20161114123603p:image

 

以前の記事で書いた菊花展で譲っていただいた

嵯峨菊の花が

パッと小さな花火のように咲きました。

 

小さな恋の花火。みたいな。

 

 

恋って。

 

英語では表せないんだそうです。

LOVEでは日本語に訳すと「愛」になってしまう。

LIKEではちょっとちがう。

 

 

今、放送中のテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の

星野源さんの主題歌『恋』も

 

LOVEでは表せない「恋」という言葉をあえて使ったと

源さんが話されていました。

 

www.youtube.com (12/21更新しました。)

 

恋って

 

万葉集では

孤悲

という表現でされていることがあります。

 

「孤悲」とは「孤(ひと)り悲しむ」という意味で

もともとは男女の情に限定するものではなかったようですが

 

 孤悲死なむ 後は何せむ 生ける日の

 ためこそ妹を 見まく欲りすれ

  (大伴百代:万葉集 巻4-560) 

 

恋の激しい想いにのたうちまわって死んでも

それが一体何になるというのだ。

今こうして生きている日のうちに

愛しいあの娘に逢いたい!!

 

とかなんとか。

 

逢いたいけど逢えない

一人で悲しい気持ちが「孤悲」という文字で

よく表されている気がします。

 

 

以前、『言の葉の庭』のことを書いたときにも

万葉集の和歌に触れています。

 

映画『言の葉の庭』のキャッチコピーは

「愛より昔、孤悲のものがたり」でした。

 

 f:id:tamie7575:20161114124420p:image

 

恋って

 

古くは「恋ふ(こう)」という動詞の名詞形。

何かを求めたり、何かしてくれるように願う「乞う」と同源とか。

 

やっぱりもともとは異性と関係なく

目の前にないものに対して慕う気持ちを表現するものだったようです。

 

そして

今の表記ではこういう文字ですが

 

旧字体では「」という表記。

「糸しい(愛しい)糸しい(愛しい)という心」なんて。

 

「恋は下心」なんて誰が言ったの?!

 

 

男性が女性の元に通うという形が当たり前だった時代

 

相手が来るのを待つしかなかった

そんな「恋」を

 

「孤独な悲しみ」の「孤悲」という文字で表現するようになり

やがて目の前にない対象が異性を表し

 

「会いたい」「独り占めしたい」「一緒にいたい」というような

男女の恋愛感情を表すことばに変わっていったようです。

 

f:id:tamie7575:20161114124658p:image

 

ではでは

お待ちかね!(...待ってないって)

 

百人一首

「恋」という文字が使われている歌のご紹介。

 

 筑波嶺の 峰より落つる みなの川
 恋ぞつもりて 淵となりぬる

  (陽成院/陽成天皇 小倉百人一首13番)

 

 筑波山から湧き出て流れくるみなの川。

 川の水が溜まってやがて淵となるように

 私の恋もいつの間にか深くなってしまったよ。

 

とか。

 

 みかの原 わきて流るる いづみ川
 いつ見きとてか 恋しかるらむ

  (中納言兼輔/藤原兼輔 小倉百人一首27番)

 

みかの原を分けて湧き流れるいづみ川のように

いつ見たという逢ったこともないあなたが

どうして恋しいんだろう。

 

とか。

 

 浅茅生(あさじう)の 小野の篠原 忍ぶれど
 あまりてなどか 人の恋しき

  (参議等/源等 小倉百人一首39番)

 

茅(ちがや)がまばらに生えている野の篠原の

「しの」という言葉のように忍んでいたけれど

こらえられないくらい あなたが恋しい。

 

とか。

 

 忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は
 物や思ふと 人の問ふまで

  (平兼盛 小倉百人一首40番)

 

思いを隠していたけれど顔に出てしまったようだよ。

私の恋は、物思いをしているのかと

人がたずねるほどになってしまった。

 

とかとか。

 

 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
 人知れずこそ 思ひそめしか

  (壬生忠見 小倉百人一首41番)

 

恋をしていると私の名前は広まってしまった。

誰にも知られないように思い始めたばかりだったのに。

 

とか。

 

 由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え
 ゆくへも知らぬ 恋の道かな

  (曽根好忠 小倉百人一首46番)

 

由良の瀬戸を通っていく船頭が船の舵を失って漂うように

この先どうなるかわからないこの恋は。

 

とか。

 

 恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ

  (相模 小倉百人一首65番)

 

恨めしくつらくて、涙のせいで乾かない袖なのに

恋のためにむなしく評判の落ちてしまうのが悔しいわ!

 

とか。

 

 心にも あらでうき世に ながらへば
 恋しかるべき 夜半の月かな

  (三条院/三条天皇 小倉百人一首68番)

 

心ならずもつらいこの世に長生きしたら

この夜中の月も恋しく思い出すんだろう。

 

とか。

 

 ながらへば またこのごろや しのばれむ
 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

  (藤原清輔朝臣 小倉百人一首84番)

 

生きながらえたら、やはり今のことを懐かしむだろうか。

つらいと思っていた過去が、今は恋しいのだから。

 

とかとか。

 

 難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ
 みをつくしてや 恋ひわたるべき

  (皇嘉門院別当 小倉百人一首88番)

 

難波江の芦の刈り根の短い一節のように

短い(仮寝の)一夜をともに過ごしたせいで

澪標(みおつくし)のように身をつくし

あなたを恋しつづけるのでしょうか。

 

とかとかとか。

 

小倉百人一首で「」という文字を使っている歌は10首。

恋の分類でいうともっとある、ということになりますが

「風」や「月」とほぼ同じくらいでした。

 

藤原定家は、小倉百人一首の100首を選ぶとき

「文字のバランス」も見ていた?!

なんていうのは私の考えすぎでしょうか。

f:id:tamie7575:20161114124717j:image

恋って

 

何かを、誰かを思う気持ち。

 

日本語ならではの表現だと知れて

ちょっとうれしい。

 

気持ちを表現することばを

知るってことは

 

自分のもやもやしたものを表現できるってこと。

 

当たり前だけどそういうことなんだなって

思いました。

 

さっ!

次回の『逃げ恥』の前に

“恋ダンス” 練習しようっと。

 

言の葉の庭』についての記事はこちら↓

 

tamie7575.hatenablog.com

 

 

今回も長くなってしまったけれど

最後まで読んでいただいて

ありがとうございました。